患者さんの「大丈夫です」、本当に大丈夫?~本音に寄り添うコミュニケーションのヒント~
患者さんの言葉の裏に耳を澄ませる
医療現場では、患者さんとの対話の中で「大丈夫です」という言葉を耳にすることがよくあります。体調について尋ねると「大丈夫」、何か困っていることはないかと聞いても「大丈夫」、痛みの程度を尋ねても「大丈夫」…。この「大丈夫」という言葉は、本当にそのまま受け止めて良い場合もあれば、その裏に別の思いや不安が隠されている場合もあります。
限られた時間の中で、患者さんの言葉を一つ一つ深く掘り下げていくのは容易ではありません。しかし、この「大丈夫」の裏にあるかもしれない本音や、言葉にされないサインに気づくことが、患者さんとの相互理解を深め、より良いケアに繋がる重要な鍵となります。
本記事では、患者さんがなぜ「大丈夫」と言うのか、その背景にある心理を読み解き、本音に寄り添うためのコミュニケーションのヒントをご紹介します。
なぜ患者さんは「大丈夫」と言うのか?隠された心理を探る
患者さんが「大丈夫です」と答える背景には、様々な心理が考えられます。これらを理解することは、表面的な言葉だけでなく、患者さんの真意に気づく第一歩となります。
- 医療者への遠慮: 忙しそうな医療従事者を見て、「これ以上、手間をかけたくない」「迷惑をかけたくない」と感じている場合があります。
- 症状や不安を軽視されたくない: 自分の感じている不調や不安を言葉にすることで、「大したことない」「気のせいだ」と受け取られてしまうのではないかと心配していることがあります。
- 言っても無駄だと感じている: 過去に症状や困りごとを伝えた際に、十分に理解してもらえなかった経験があると、「どうせ言っても変わらない」「伝わらないだろう」と諦めている場合があります。
- 弱みを見せたくない: 痛い、辛いといった状態を認めることが、自身の弱さをさらけ出すことのように感じられ、強がってしまうことがあります。
- 症状や状況を正確に表現できない: 自身の状態をうまく言葉にできなかったり、どこまで伝えて良いか分からなかったりすることもあります。
- 一時的なものだと思っている: その時の不調が一時的なものであり、すぐに回復するだろうと考えている場合もあります。
このように、「大丈夫です」という一言の裏には、患者さんの多様な感情や状況、医療者との関係性における様々な捉え方が含まれている可能性があるのです。
「大丈夫」以外のサインに気づく
患者さんの「大丈夫です」という言葉が、必ずしも本心ではないかもしれないと感じたら、言葉以外のサインにも注意を向けてみましょう。
- 非言語的なサイン: 表情(こわばっている、不安そう、笑顔が不自然)、声のトーン(小さくなる、かすれる)、体の姿勢(痛みをかばっている、落ち着きがない)、視線(合わない、泳ぐ)、ジェスチャー(体をさする、手足を組む)など、言葉とは異なるメッセージを発していることがあります。
- 言葉の端々: 「まあ、なんとか…」「少しだけ…」「前よりは…」といった、曖昧な表現や限定的な言葉に、本音が隠されていることがあります。
- 会話の流れや文脈: 体調が明らかに優れなさそうなのに「大丈夫」、普段はよく話すのに急に無口になった後に「大丈夫」など、前後の状況と「大丈夫」という言葉が一致しない場合に注意が必要です。
- 家族や付き添いの方からの情報: 患者さんが直接言わなくても、ご家族の方が心配していることや、普段の様子から分かる情報を共有してくれることがあります。
これらのサインは、「大丈夫です」という言葉だけでは見えてこない患者さんの状態や気持ちを知るための重要な手がかりとなります。
本音に寄り添うためのコミュニケーションの工夫
患者さんの「大丈夫です」の裏にあるかもしれない本音に気づき、それを引き出すためには、どのようなコミュニケーションが有効でしょうか。
- 「大丈夫ですか?」だけでなく、具体的な状況を尋ねる: 「熱はありませんか?」だけでなく、「〇〇さんの体調は、今朝と比べていかがですか?」「昨夜は眠れましたか?」など、より具体的でオープンな質問を投げかけることで、患者さんが話しやすくなります。 例:「痛いところはありませんか?」→「今、お腹のあたりが少し張っているように見えますが、辛い感じはありますか?」 例:「何か困っていることは?」→「お手洗いに行く時に、何か不便を感じることはありますか?」
- 短い時間でも傾聴の姿勢を示す: 忙しい中でも、患者さんが話し始めたら一旦手を止め、目を見て頷くなど、しっかりと聞く姿勢を示すことが重要です。「時間がないから早く答えて」という雰囲気は、患者さんの口を閉ざさせてしまいます。
- 共感の言葉を添える: 患者さんが少しでも不調を訴えたら、「それは辛いですね」「大変でしたね」といった共感の言葉を返すことで、患者さんは「この人は自分の話を聞いてくれる」「理解しようとしてくれる」と感じ、安心して話せるようになります。
- 安心できる「間」を作る: 質問した後、すぐに次の言葉を発するのではなく、少し「間」を置くことで、患者さんが考えをまとめたり、話し始めたりする余裕が生まれます。急かさない雰囲気が大切です。
- 継続的に関わる: 一度「大丈夫です」と言われても、それで終わりにするのではなく、時間をおいて再度尋ねたり、別の機会にさりげなく様子を伺ったりすることで、患者さんは「気にかけてくれている」と感じ、本音を話しやすくなることがあります。
- 多職種間の情報共有を密にする: 看護師だけでなく、医師、薬剤師、リハビリスタッフなど、他の医療従事者や、ソーシャルワーカー、ケアマネージャーなど、患者さんと関わる様々な職種が得た情報を共有することも非常に有効です。患者さんは相手によって話す内容を変えることもあります。
これらの工夫は、特別な技術を必要とするものではありません。日々の関わりの中で、患者さんの言葉だけでなく、その背景にある思いに想像力を働かせ、「本当に大丈夫かな?」と問いかけ、寄り添おうとする意識を持つことから始まります。
小さな気づきが信頼を育む
ある患者さんが、食欲不振で「大丈夫です」と答えていたものの、非言語的なサイン(顔色の悪さ、ため息)に気づき、食事の内容について詳しく尋ねたところ、実は口内炎ができていて食事が摂れなかった、ということが分かったとします。この場合、単に「食欲不振」として対応するのではなく、口内炎に対するケアを行うことで、患者さんの苦痛を和らげることができます。
また、別の患者さんが、転倒のリスクがあるにも関わらず「一人でできます」と譲らなかったのが、時間をかけて話を聞くうちに、「人に頼むのが申し訳ない」「以前介助されたときに嫌な思いをした」といった過去の経験や不安があったことが分かり、安全な介助方法について丁寧に説明し、同意を得られた、という事例もあるかもしれません。
このように、患者さんの「大丈夫です」の裏にある小さなサインや本音に気づき、それに対して真摯に向き合う姿勢を示すことは、患者さんにとって「自分のことをよく見てくれている」「自分の気持ちを分かろうとしてくれている」という安心感に繋がり、医療者への信頼感を深めることになります。
結びにかえて
患者さんの「大丈夫です」という言葉は、時に医療者への配慮や遠慮、あるいはSOSのサインかもしれません。表面的な言葉だけでなく、その背景にある患者さんの心理や、言葉以外のサインに気づこうと努めること。そして、少しの工夫を凝らしたコミュニケーションを実践することが、患者さんの本音に寄り添い、本当のニーズを把握するために不可欠です。
相互理解は、医療の質を高める上で最も大切な要素の一つです。日々の忙しさの中でも、患者さんの言葉に耳を澄ませ、その裏にある思いに寄り添おうとする姿勢は、必ずや患者さんとの温かい信頼関係へと繋がっていくことでしょう。本記事が、皆さまの日々のケアにおける患者さんとの関わり方のヒントとなれば幸いです。